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英語をマスターする。

今日のタイトルが今年立てた自分の目標だ。

2020年の東京オリンピック迄には日常会話が出来るようになりたい。

現在、通勤電車で英文法の本を毎日読んでいる。600ページを超える分厚い本だ。

30分間の片道電車内で約2ページ読んでいる。

帰りの車中では読むと眠たくなってくる。

5月末までに読破が目標だが、今の時点で140ページ。

ちょっと厳しそうだ。

 

 

 

 

iPadで作成した文書を貼り付けたら、やたら文字サイズが小さくなっちまった。

なぜだ。

またまた閃く!

深夜目が覚めた。時計を見ると1時30分。

そこでまた閃いた。

先日メールを送った人(以後、後輩と呼びます)に再びコンタクトを取る方法を。

後輩からの前回のメールに、会いたいと返信してくれた。

しかしいくら行動派の後輩でも、女性から会う為の連絡は今後期待できないと思った。

こういうことは男からしないといけないはずだ。

 

またメールを送ればいいのだ。

今度のメールには、会おうとはっきり伝えるのだ。

今起きてパソコンに向かい、そのメールの文面を考えているところです。

 

閑話休題

いい年した男が何をチマチマやっているのだと思われるだろう。

でもこれが僕なんだ。たったこれだけの事でも大きな勇気が必要なのだ。

僕がこんなに真剣になるのは、人生に後悔したくないとの思いが強くなったからだ。

一度しかない人生。あの時ああしていればよかったと悔いを残したくない。

もう人の目や、他人の顔色を気にしながら生きるのは止めようと思った。

いけないか?

メール!

深夜寝る前、歯を磨いている時のことだった。

メールだ。あの女性にメールをすればいいじゃないか!

かの女性と再会するために、彼女の同期の人や親しい同僚達が飲み会などを開く時に、うまく紛れ込めたらと浅知恵を練っていた。

今まで自分がこうしたいと思ったことは自分からは言い出さず、周りがお膳立てをしてくれるのをジリジリした気持ちで待つ事が多かった。

しかし、そんな都合のいい誘いを待っていても一体いつになるか分からないし、誘われることすらないかもしれない。

こちらから伝えればいいじゃないか。メールがあるぜ!(僕の職場内の通達・個人間の連絡手段はメールのやり取りが普通なのです)、まあこんな具合に閃いた。

思えば18歳の、あと数ヶ月で高校生活も終わりだなぁとした時に、ずっと片思いで違う高校へ行った中学の同級生へ、好きだと手紙を送った。確か手紙の中には、自分の気持ちを伝えたいだけだと書き加えた。断りの返事が来るのが怖かったのだろうか。

メールを送った後も会話のキャッチボールがしたいのだ。夜中、寝付かれず何度も布団から出てメールの文面を手直しした。これでいいと思えたわずか4行の文面が出来上がった時、早く出社してメールを打ちたかった。

メールを打ち終え、待った。

返信の中に「会いたいです」の文字を見つけた時に心が満たされた。

 

自分に一言 : 勝手な妄想はご自由に。あの女性の幸せを見守って行こう。

人生について

六十路を超えて、遅ればせながら人生について決意した。

きっかけは先日記録した、30歳も年の離れた女性だ。

率直に自身の気持ちを相手に伝えることができる彼女を見ると、羨ましくて自分と比べてしまった。

今までの自分は決して人付き合いのいい方ではない。若い頃から無口で人と話すのが苦手だった。昔の職場でも取り付きにくいと男だと、送別会で上司から紹介されたことがある。不幸にも、言いたいことも言えずに我慢をすることが多かった。今もそうだ。

この性格だからと割り切り、自分の周りに壁を作っていた。自意識過剰の妙なプライドと人生観があった。こうありたい、こうしたいと思うことも自分から動かず、周りが気付いてしてくれるのを待つ受け身の姿勢だった。

50歳半ば頃、この先の人生を諦めていた。家庭がうまくいかなかったからだ。自分が我慢すればいいだけだと心に言い聞かせた。家と職場の往復を淡々とこなしてきた。

そんな中での先に紹介した女性の存在だった。周りに気を使いながらもコミュニケーションを取り人生を謳歌していた。自分は人生を損をしていると感じた。

その女性から好意をいただいた事が今は嬉しい。私自身も消えてしまったと思っていた懐かしい恋愛の感情を思い出させてくれた。

一度しかないこの人生を後悔しないように、毎日を真剣に生きたいと思うのだ。

30歳も年の離れた女性に感謝。

 

映画 「アデライン、100年目の恋」

チャンネルをCSに切り替えるとこの映画が放送中だった。番組表をチェックすると時間的には映画の中盤付近で、女性が恋人の実家に招待される場面だった。

奥から出てきた息子の父親が女性を見て言葉を失う。父親の古い知り合いにそっくりなのだ。(この父親ハリソン・フォード)夜、カードゲームに興じる家族。ハリソン・フォードが語ったある言葉を聞いて動揺を隠せない女性。

なんというか、わずかな時間のそんなに派手なシーンでもないのだが、チャンネルを変えてここまで見ただけで、自分はすっかり映画に引き込まれてしまった。

何に引き込まれたのか。それはこの女優があまりに魅力的だったからなのだ。

どちらかと言えば、今まであまり気にしなかったタイプの女優だ。美人ではあるが、好きなタイプではなかった。しかし、演技力をどうこう言えるほど映画通ではないが、影のある孤独な雰囲気や物悲しそうな表情がぐっと心に響いた。そして落ち着いた大人の女性の気品と色香を漂わせていた。魅了されたぜ。

映画はSF仕立て。絶対に歳をとらない不幸な女性が、最後に自分の心に素直に真実の愛を求めて行く。

見終わって次の放送時間をチェックして予約した。

 

 

30歳も年が離れた気になる女性

 約1年前、僕と同じ課に3名の女性新入社員が配属された。

 しばらくして歓迎会が行われた。3名の内一人は、自分は新卒入社でなく、前職は旅行会社勤務だった。年齢も30歳だと自己紹介した。

 それから半年ほど経った飲み会で、その女性がどうしても僕と話したいから連れてきて欲しいと言っていると先輩が呼びに来た。お互い前職の話しなどを少しした。

翌日から、出勤時に少し離れた彼女の席から僕の席の近くまでやってきて「おはようございます」と挨拶しに来た。周りの人の目も気になり、僕はパソコン画面を見たまま顔を上げず挨拶もロクに返せなかった。

 数ヶ月後、席替えがあり、僕の真後ろに彼女がやってきた。やはり僕は彼女と何も話すことができなかった。

その彼女がこの春の人事異動で転勤になった。最後の送別会で彼女は、◯◯さんが

笑った。◯◯さんが笑っているのを見ると自分も嬉しくなります。◯◯さんは最高のイケメンです。と笑った。

彼女がいなくなった今、彼女の存在が大きかったことを初めて知った。

率直に自分の気持ちを相手に伝える彼女を思い出すと、今までの僕の生き方を考えさせられた。そしていろんな気づきを僕に与えてくれた。

そして自分の中にまだ人に恋をする感情が残っていたことを知った。

また彼女に会いたい。

 

ブログ始めます。

 自分は現在60歳男性です。

この歳になって何故だか日々の出来事や思いを残したい気持ちが強くなりました。

最近ではライフログというみたいですね。

Facebookは実名登録なので、今は匿名のブログで、、。

毎日記事を書くことはたぶん出来ないでしょうが(飽きっぽい性格なので)、気楽にその時々の気持ちを残したいと思います。